コンテハウスと幾千のプラン集

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描いてきたプランはファイル数を数えても3000プランを下らない。「平面図・立面図・断面図」基本の図面だ。わたくしどもはそのプランを描いて行くとき、平面図の中にも、立面図の中にも、断面図の中にも人の姿を想いながらプランを進めて行く。

実は大きな悩みがあった。コンテナの横幅は外形寸法で「2438mm」。内法で「2150mm」程度だ。この寸法がヒューマンスケールという考えの元では少々寸足らずだ。それゆえ幾千ものプランを研究して来た。我々のコンテナは連結のシステムと拡張システムでそれに対応してきた。いわゆるサブシステムの開発だ。

「ユニット工法に自由度を」という考え方は、特に珍しい話でもないし、モジュラーハウジングというコトバの本当の意味はこの自由度を規則性のあるシステムの中に構築しようとしてきたものだ。西欧ではル・コルビュジェがモジュロールを唱え、日本にも古くから「木割り」という考え方が存在した。日本人の中では「畳のユニットサイズ」が古くから染み付いている。「立って半畳寝て一畳」。 あ、もう畳のない家も多くなりましたが、まだ日本人ならその寸法感覚は分かるでしょう。

工業化建築をアーティスティックなレベルに持って行くのが我々の目標です。

鉄とコンテナハウス

鉄への想い、現代建築素材、3つの原風景

水銀

幼少の頃、毎夏、父に連れられて夏休みの最初の週末は「海水浴」にいく慣習があった。海のそばに済んでいる訳ではなかったので、楽しみなイベントであった事を覚えている。バスや電車を乗り継ぎ、いつも決まった遠浅の海に連れて行ってくれた。海にアプローチする最後の交通手段は「私鉄電車」であった。日頃電車に乗る事はない年齢の頃なので「乗りもの」そのものが非日常であり、オトコを目指す少年には電車という「乗り物」も格好の興味対象であった。運転席の横の最先頭の窓の所に陣取り、進行方向と運転手の一挙手一投足を見つめる。なぜ「レール」の上を走る乗り物が出来たのか、その意味すら解らない年齢の少年は前方のレールを見つめる。そのレールの先には「海」が現れるはず。次第に景色が変化し、松の防風林などが現れ始めると海が近い事を既に学習していた。

レールは太陽の方向によっては「水銀を流した」ように輝き、車輪が走る面は光沢に満ちているのに、側面は錆色だ。そのコントラストは同じ「鉄」とは思えない。進行方向、見つめる先は「未来」だ。そして車内は「現在」。通り過ぎた景色は「過去」だ。なんだか本当にそんな風に思える。未来に向かって走る電車。この時輝いていたレールは「鉄」によって出来ている。レールをじっと見ると、そのソリッド感がたまらない。間違いなく「人工物」、しかも英知が生み出した人工物。30トンもの車両を支えるレールは、ソリッド感があるとはいえ、無駄な肉をそぎ落とした見事な形だ。

rail

鉄の事を考えたのはその時が初めてだろう。鉄道の本を読む。レールは時代とともに長くなり、ガタゴトいうその音の原因は「温度による膨張と収縮」を飲み込むための「隙間」を渡るときの音。現代では枕木に強烈なチカラでレールが固定してあり、その収縮さえ押さえ込んで「隙間」をなくし振動を抑えている。人知は発展し、様々な知恵をつけて行く。私の興味はしかし、電車にはいかず、レールという「鉄」に収斂して行った。

コンクリート

小生は「炭坑町」の生まれだ。竹を割った様な性格のさばさばした人間が多い、自ずとその性格は「短気」とも直結する。優しくて強くて押しが強くないと生きて行けない世界だ。その「炭坑町」は全国の炭坑町と同じく、新エネルギーの登場で衰退期であった。
街のそこここに「廃屋」がある。少年たちにとっては、イコール「遊び場」である。悪ガキたちと病院の廃屋でかくれんぼをしていた時だ。中庭に「井戸」があった。もう内部は土が入れられ廃井戸となっているから決して深い訳ではない。その中に隠れ、横たわり空を見上げると井戸の中から見上げた空は、井戸のまあるいコンクリートの縁に切り取られたまあるい空が見えた。コンクリートにきれいに丸く切り取られた空が奇麗だった。「空を切り取るコンクリート」。「コンクリート」を初めて意識した日だ。

コンクリート

ガラス

私が幼少の頃といえども、「ガラス製品」は普通に存在した。ガラスの器、ガラスコップ、窓ガラス。特段珍しい訳でもなく、いや、むしろ手の込んだ「切子のグラス」なども普通に存在した。工芸の世界である。昭和の30年代の事だ。まだテレビが普及し始めようとしていた頃だろう。家のテレビを見に、近所の子がやって来ていたりしていた事も覚えている。そのテレビのニュースを見ていた時、海外のニュースを伝えるコーナーでフィリップジョンソンの「ガラスの家」が紹介された。実際の建設年からすると数年経っての紹介だ。だんだん噂になってからの紹介だったのだろう。
フィリップジョンソンという建築家の作品とその時伝えたかどうかは記憶にないが、その映像を明確に覚えているのでミースファンデルローエの「ガラスの家」ではなく、フィリップジョンソンのものだとわかる。その事実は今となって分かる話だが、そのときの衝撃は「ガラスで家を造れるのか」という驚きだった。家の中を動く人の姿もニュースの中では見え、当時「未来感覚」を感じた事を覚えている。衝撃的に「ガラス」を初めて意識した日だ。

ただ、気の利いた日本人なら、こんな建築、昔から日本にはあるじゃん。という事を思うかも知れない。木造軸組工法(日本の伝統的木造工法)のビジュアルには近く、ブルーノタウトが海外に紹介し、多くの海外の建築家に影響を与えた桂離宮なども同じジャンルに見えるかも知れない。障子の部分がガラスになっただけじゃん。って。しかし、構造の方式は大きく違う。

ガラスの家
ミース・ファンデルローエ(ガラスの家)

ガラスの家
フィリップ・ジョンソン(ガラスの家)

※余談 ミースとフィリップ・ジョンソンのガラスの家の大きな違いは、ミースのそれは「宙に浮き」フィリップ・ジョンソンのものは大地にどっしりと根ざしている。重力からの解放を狙ったミースと、大地の上の空間を切り取ったフィリップ・ジョンソンの思想は大きく違う。しかし彼らはよく仕事を共にしている。ミースは根っからの大建築家、フィリップ・ジョンソンは哲学者からの変異建築家。「技術的技量」と「美意識」の総合力はミースという一般的認識は、両作品を見るとわりと明確か・・・・。

「鉄」「コンクリート」「ガラス」。それらは人工物でありながら現代生活ではしっかりと根付き、まるで自然素材のように存在している。この三つは言うまでもなく「現在建築の三大素材」である。現代でもなおこの建築3大素材に加われるものはない。あとは性能を上回る特殊代替品や、その特性をさらに拡大させた改良品が多い。人が作り出した素材ではあるが、すべて元は自然のもの、人為的な化学的成分などは入っておらずその部分でも長く使われる素材としての要素を持っているのかも知れない。

鉄は日本の高度成長期を見守りながら成長して来た。他の要素も同じであるが、様々な利用方法は、その多様な形を「整形」出来るからこそ生まれた世界がある。そして「溶接」という「結合方法」から生まれる世界もより多層的な世界を生み出した。コンテナハウスも鉄骨造である。溶接の技術は極めて重要な要素である。コンテナハウスに興味を持つあなた。もしも本気で考えるなら、頼もうとしている会社に「溶接について語ってもらえないでしょうか?」と聞いてみてください。溶接について楽しげに語ってもらえる会社に依頼するのがいいかも知れません。

コンテナハウスと東京タワー

東京タワー 技術の革新 夢の日本(少年の夢)とサンボリスム

1958年10月14日東京タワーは竣工した。日本人たちは当時世界で最も高い自立塔を建てた事により、日本の技術の進展を確信し、明るい日本の将来をその塔の向こうに見据えたものであった。ビジュアル的にも333Mという確かに巨大な「塔」はその偉容を日本人の心に焼き付けた事だろう。構造家の内藤多仲と日建設計の設計によるもので、確か施工は竹中工務店と記憶している。私が物心つき、少年になった頃はまだ東京タワーが建って数年後だった。まだ九州の山猿だった私は本で見る「東京タワー」をいつか早く実際に見てみたいものだと何度思った事だろう。かなったのは高校3年生の時だ。「凄いな日本人。世界一高いタワーを建てたり出来るんだ。自分もやがてそんな技術者になりたい」と願った。日本はその後高度成長に向けて欧米の猿真似(爆)をし、努力をして行くうちに、猿から類人猿に進化し、やがて名誉白人などとよくわからない自虐的単語も生まれたがそれにも屈せず、技術革新と経済成長に走って行く。俺たちにだって出来るんだ。俺ら日本人は優秀な民族なんだ。そう信じて日本人みんなが走って行った。それも凄い勢いで・・・・。それが間違いだった事はやがて解って来たが、幸せだった。そして概ね皆が同罪だった。

日本は技術革新やものづくりで国の基盤を作って行った。様態はちがうのだが、成長の雰囲気は今の中国に似ている。ただ成長のただ中にある時は、奇妙な団結心的なものがあり、ある意味それは現代では嫌われる事が増えて来た。日本人特有の「集まって進もう」とする、ある種奇妙な一体感、ある意味強迫観念があった。民族意識というものに近いかも知れないが、一人外れるのが怖いのだ。経済成長をピークに持って行ったのは「大阪万国博覧会」だ。これをを引き金に高度成長時代のピークが始まる。古い書物をひもとき、当時のパビリオンなどの写真を見てご覧なさい。びっくりです。まるで「北京の万国博覧会」と同じ列にある事がわかる。でも岡本太郎の太陽の塔は悪くない。岡本太郎は「藝術」を「ゲイジュツ」という雰囲気にまで庶民的な部分に降ろしてくれた。文化と観念の様態に対する個人の感性が「ゲイジュツ」と呼んでもいいのだ、という事を国民に知らしめた。私は戦後の生まれだが、特に豊かな環境でもなく、現代からすれば周りはみんな比較的同じく貧しい環境だったといえるだろう。

筆者の親の世代が、ぎり戦争に志願すれば参加出来る年齢だった。そのような家庭でも「ルノワール展」や「ツタンカーメン展」、様々な海外美術品の展覧会が催されれば見に行くような、経済成長の裏には「文化的なもの」が欲しいと感じるステレオタイプな感覚も生まれ始めていた。東京タワーはそんな日本の象徴だった。「塔」というものは、生まれながらに「象徴性・象徴機能」を持つ。何の象徴かは様々だが、その大きさ、カタチ、偉容、などから自動的に「象徴機能のチカラ」が生まれる。昨今で最も大きな「塔」は最近その予定最高高さまで達した「東京スカイツリー」であるが、最もダイナミックなチカラを持つ「塔」は私は「六本木ヒルズ」である事を疑わない。奈良時代などに時代をさかのぼっても、権力者は「塔」を作りたがる。聳える塔はその時代を統治する「権力」で技術や経済力を自由に動かす力を象徴し、街に棲む人々にその権力者の力を誇示する。そして権力者は「塔」の上から自分が統治する世界を見下ろしたいのだ。

六本木ヒルズ

しかし、その塔を眺めながら「チカラ」を滾らせる者が生まれてくる。虎視眈々と次世代を狙う人々だ。何も社会転覆を狙う者ばかりではない。「違うだろ」「そうじゃないだろ」「間違っているだろ」と疑問符を体中に貼付けた人種である。ある意味象徴物に触発された「現状不満型優秀人間」である。これらは正しいチカラを生む事も多い、その反対も多い。それらのキーマンのフォースに影響を受けた人々が少しずつ膨らみ「フォース」を生み出して行く。例えばこの「フォース」という概念は、映画「スターウォーズ」で登場する「フォース」という概念と意味合いは同じである。フォースはことわざにもあるように「類は類をよぶ」状態を生み出す。企業文化においてもそうである。超巨大企業ではもう「社会」と同じであるからわりと分散しているが、「上場企業になりました」という感じで、その後はそのままそれほど成長していないようなレベルの企業の構成員はまさに「類は類をよぶ」状態である。 魑魅魍魎系はやはり社員がみな魑魅魍魎系だし、火事場泥棒系はやはり皆火事場泥棒系だし、有象無象系はやはり社員も有象無象だ(爆)。

東京タワーは、ある意味いい時代の象徴物だ。「古き良き時代」というコトバがあるがわりとはまるような気がする。なぜなら「日本人に勇気と希望を与えた」「私たちの味方」であった。権力の象徴ではなく「私たちの希望」であった。それを眺める人の心には「なんだか私にも何か出来そうな勇気」が生まれた。そうさせるのは「時代背景」や「公共的電波塔」であったりする事によるが、最も大きなのはやはり「時代背景」だ。日本が民主化の道を歩き、国民一人一人に、「貧しいのに明日の希望が生まれ始めた時代」だったからだ。リリーフランキーの「東京タワー」が描いた世界だ。

大震災が誰もが目をつぶって忘れていた「パンドラの箱」のふたをこじ開けた。夢の「エネルギーの塔」は国民を絶望の縁に立たせている。いくつも並んだ傷ついた「エネルギー塔」はガンマバイアスアタックとなって、常に人の気持ちを突き、気持ちを萎えさせる。技術の革新は人々に夢を与え、事実幸せにするものでなくてはならない。コントロールすら出来ないバケモノ技術を造り出してはならないだろう。決して世はそれを望んではいなかった。そして後の祭り。それが悔しい。

新たな居住システム、あるいは商用空間、または福祉施設、現代は技術は十分に進み、技術的に新しいものは特にある訳ではないが、コンテナのシステムは新たな技術の使い方を目指す建設のシステムとして開発してきた。このシステムで我々は出来る限りの事を行って行きたい。建築が作り出すものの目的は「物理的空間」だけではなく「その空間によって生まれる物語」だ。

コンテナハウスとシニフィアン_シニフィエ

モノゴトを解析するチカラをさずけよう

当社のコンテナは中国で作っていただいているので、コンテナ用のドアや壁材やパーツは揃っている。日本の建築基準法にのっとってデザインしているので建築基準法はクリア出来るし、コンテナっぽくない外観にも、コンテナらしい外観にもデザインする事が出来る。

商業空間を造りたい時のお客様の要望の中では、当社への依頼は「コンテナっぽいデザイン」を好まれる事が多い。それには理由がある事はわかっている。「コンテナ」というモノが持っている「ウラに張り付いたイメージ」が大切だからだ。しかし、何か事業を始めようという方々も「よし海洋輸送用コンテナを使おう!」という事で、色々調べるのですが、調べれば調べるほど、ISO海洋輸送用コンテナが「建築」として認められない時代になっている事が解って来る。そこで、結局、法規をクリア出来る当社の建築用コンテナにたどり着く事になるのだ。

ときに、「物事に秘められたウラに張り付いたイメージ」の事をフランス語で「シニフィエ」という。そして見えているビジュアルそのものの事を「シニフィアン」という。商業施設やデザイン性が求められる世界ではこの事象の事をよく理解しておく必要がある。「シニフィアン」と「シニフィエ」。「意味作用」と「意味内容」と訳されたりする。ソシュールというフランスの哲学者によって定義された言語学用語である。

面倒な話だねえ。コンテナに話を戻そう。コンテナのシニフィアンは

この写真そのもの。まさにコンテナ。です。しかしコンテナの「シニフィエ」は色々なものに広がって行くのです。
ワイン好きの方には「リーファーコンテナ」で届けられる香しきワインを想像させ、アパレル系の方は「中国の縫製所」から届いた商品を彷彿とさせ、IT系のコンピュータメーカの方は、やっと届いたかという「東南アジアからのボードの山」を思い浮かべたりします。つまり、コンテナにまつわるいろいろなストーリーがそこには絡み付いているということになります。
この「シニフィエ」がまさに「ビジネスイメージ」に直結して行くのが「空間デザイン」と「ビジネス」の関係なのです。

何かのショールームに「コンテナがふさわしい」としましょう。それはなぜでしょう。「輸入のイメージ」があるからかもしれません。「ちょっとやさぐれた感じのガレージイメージ」に繋がるからかも知れません。少し危ない感じの港の雰囲気とその商品のコードが一致するからかも知れません。ともあれ、そのようなイメージの集積率が高い時「雰囲気あってんじゃん」という事になるのです。

さて、当社のコンテナをどんなイベントに使いましょう。イベントに使い全国12箇所ほど回って、充分な告知結果をだした後、それでコンテナは御用済みですか?そんな事をしてはいけません。このコンテナを積み上げ、繋ぎ合わせ「建築物」にする事が出来ます。たとえば、壁を全部とっても構造的に成り立ちます。そんな素材今まであったでしょうか?(反語)しかもリーガルチェックはスムース。コンプライアンス完全対応でカッコいい、コンテナショールームが出来るのです。

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色々な世界に使える道具(シニフィアン・シニフィエ)

シニフィアンとシニフィエを覚えました。このモノサシは商業施設計画の中では強力な武器です。頭の整理にとても使えます。会社の中で、事業戦略のコンセプターを務めるあなたには最高の武器となるでしょう。それをジャッジするあなたには、正しい結論を導き出す正しいモノサシになるでしょう。経営者のあなたには多くの示唆を与えてくれるでしょう。

例題
コンテナと建築、コンテナと商品、コンテナと彼女。コンテナとバナナ。コンテナと経済。
それぞれ、シニフィアンとシニフィエというコトバを使いながら、上記の2つセットのコトバを、200文字程度で相手に空間を彷彿とさせる文章を書け。(爆)

具体例はまだ掲載出来ません。イベントが終ったら載せます。

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ふざけた例題を出していたら、私の旧知の作家から、戯れに素晴らしい回答を頂いたので掲載しておきます。くれぐれも騙されないように。(爆)


解答例

●コンテナと建築

コンテナと建築ぅ?
あのあれ?ほらさー良く道端にさびさびで置いてある
バイク好きののバイク倉庫とかぁ?
納屋代わりの農機具入れとか?
貸し倉庫とか、中古車販売のとこによく在る?
どれもなんか小汚いよね。ま、段ボールハウスよりマシって?
あははは。
え?そういうんじゃ無いんだ。へー。
でも普通はコンテナって言われたらさーあの
臙脂色のJRに引っ張られてるあれとかさー、
港に置いてあるあれとかぁ?
え?そういうのシニフィアンって?
知らなーい。

建築かぁ。
あたしの父親が昔水道工事の業者やっててさぁ
ってかだいぶ前に家飛び出してから会ってないから
生きてるか死んでるか知んないけどさぁ・・・
もうすっごいいやなおやぢで、酒飲むし、おかん殴るし、
パチンコばっかだしさーもう嫌でさー。
典型的なほらあれよ、あれ。
でもさー、あのすっごい地震があったじゃーん、
あの時さぁ、もう大変であたしもめっちゃ怪我してさー
おかんもなんかショック過ぎて一言も口聞かないしさー
家もヤバいし、どうしよーってパニクってたらさぁ
おとんがいないのよ。
こんな時までどっか行きやがってーってがちムカついてたら
同じ業者のおっさんと飛び出して行ったらしくてさぁ。
やっぱ水よ。水が大事な訳よ。上水も下水もさぁ大事なわけよ、
人が生きるのに。
それで取り敢えず水が出るように?流れるように?
なんか必死だったみたいでさぁ。
5日位してやっと家にもどってきてさぁ。
あたしとおかん、水どころじゃねーっつーのにさぁ。
まぁさ、そんな感じよ。

え?コンテナだけど住めんだ。へー。普通の家と一緒?
っんとー? 上水も下水もちゃんとついてんの?へへへ。
建築つったら水道が一等大事なんだよ。覚えといてよ。
へーコンテナに水道かぁ。。コンテナが家かぁ。

え?そう言うのをシニフィエ?
だから知らないってばー、
ってかお客さん話うざいー。
もういいから、フルーツ頼んで良い?


●コンテナと商品

コンテナでかー。
そー言われてもなぁ。
コンテナって言われて浮かぶのはやっぱJR?
小さい頃から「貨物列車の通過です」って言われると
怖いのに黄色い線ギリギリまで近寄ってどきどき待って
案の定凄い勢いでやってくると怖過ぎて
一度なんかバク転気味に転んで駅名看板で頭打ったなぁ。
中学生になってからは
「横を同じ速度で走れば連結部分に飛び乗れるか!?」
とか考えてたなぁ。我ながらバカ。
いやバカじゃねーな。すげーな俺。
そんな俺のシニフィアン。

で、コンテナで。
うーん。
コンテナ一杯にプリン作ってプリン祭り!
コンテナが開くとそこから溢れんばかりの裸のおねーちゃん!
コンテナでドラムスチール大会!
誰が叩く訳よ我ながら。
どうしようこんな案じゃ親父に、あ、いや社長に見せられないなぁ。
斉藤に適当に書かせようかな、それ俺の案にしようかな。
そうしよっかなそうしよっかなそうしよーーっと。
それではっやっくっ!里奈ちゃんのっ!おみっせにっっと。
キャバクラと言えば里奈ちゃん!
それが俺のシニフィエ!ふっふふー。

コンテナ・・・・。
本当にあのぼんくら息子・・・いや専務は何時も頭に来る。
何が「斉藤君に一任したからね!」だよ。
あんな息子が専務じゃこの会社危ないし。
社長は自伝出版に夢中だし、
息子は正真正銘のキャバクラバカ。
キャバクラと書いてバカ専務と読む。
でもコンテナはコンテナと書いてコンテナ。
コンテナは入れ物!器!
箱!がわ!パッケージ!
それ以上でもそれ以下でもないっつーの。
今日は俺もう終了。終了終了。
あ、桜井君。

コンテナかぁ。
面白いかも。
課長に帰り間際に押し付けられたけど
これ広がるかも。おもしろいかも。

「単なる●●にとどまらず・・・・」って物言い、
商談やプレゼンで聞くと、なんというか
「いかにも考えてます、広げてます風だけど、
実は考えてないし。つじつま合わせてるだけだし。」
って感じがして俺寒いんだけど、あはは。
でも今回はあえて

単なる箱にとどまらず
単なる箱にとどまらずかぁ・・・。
コンテナは商品。
ツールが無いから売れないではなく
コンテナをツールに。 無限のシニフィエ。

「桜井君、まだ帰らないの?キャバクラでも行かない?」
「ええ 当分帰りません」


●コンテナと彼女

あああ、目の前には、はるか彼方まで信じられない程のコンテナの群れ。
コンテナと言われて誰もが思い浮かべるCOSCO・MOL・WANHAI・・・。まさにシニフィアン。

一体この中からどうやって彼女を捜し出し、救い出せば良いんだ。
俺は探偵でも刑事でもない。普通の会社員なんだ。
定時退社でまっすぐ家に帰るんだ。それなのにどうして俺が?
彼女ってもまだ三ヶ月くらいしかつき合ってないし、いやもしかすると
あっちはつき合ってると思ってないかもしれない。
それなのに突然「助けて!助けに来て!」ってメール。
うぉいうぉい映画かよ。どっきりかよ。
あぁーあの俺会社員なんすけど。草しか食べない会社員なんすけど。
自分一人で部屋綺麗だし、服にこだわってるしクリーニングに出すし、
炊事洗濯困らないし、一人でDVDみながら
ちょっと良いワイン飲んでるのが一番幸せだし、
人が自分ちのトイレ使うのあんま好きじゃないし、
他人の物が部屋に在るのも嫌。SEXも出来ればずっとしたくない。
だからもーいいんだけどなぁ。どうしようかなー。
取り敢えず時間だし仕事行くかぁ。

あああ、目の前には遥か彼方まで信じられない程の種子の入った缶の群れ。
韓国や中国から毎日大量に入荷。まさに俺のシニフィエ。
そう俺は植物検疫教会職員!略して植検!
1コンテナに一体何缶よ。あん?それが一体何コンテナよ。あん?
毎日この中からあてずっぽに「これ」と言われた箱を開け、
あてずっぽに「これ」と言われた一缶を開ける俺。
退職までにこうやって「これ」と指差しされた缶から
金塊や覚せい剤やまぢヤバい種やなんかが出てくる確率は
どのくらいなんだろう。

出ろ!なんか出ろ!
かしゆかのサインでも、
グラン・クリュのシャブリでも
ケッヘル626番のレクイエムでも。
出たら俺は・・・・

彼女を捜す。
業務の一環として。


●コンテナとバナナ

コンテナのシニフィアンと
バナナのシニフィアンは
平均的日本人にとってほぼ共通しています。
コンテナといえばあれだし、
バナナと言えばあれです。
バナナと言われて、あの姿が浮かばない人は
「フルーツっていったら佐藤錦かマスクメロンか、
あまおうか、岡山白桃以外になにがあるのかしら。。」
とすっとぼけた事を言っておいてください。

さてそんな安易なシニフィアンに対して、
コンテナのシニフィエと
バナナのシニフィエは
『お互いを無条件で呼び起こす、類いまれな、
日本人にとっての「シニフィエのがっぷり四つ」』
です。

がっぷりよつ。

今、お互いの両手両足が絡まっている様子が浮かんだ
そこの貴方。
違います。シニフィエ違いです。
お互いの両手、四本が絡まっているという事です。
滝に打たれ反省しましょう


●コンテナと経済

コンテナやコンビナートや工場、
そういう言葉を聞いて
日本産業地図の色々な地域が頭に浮かび、日本一の
「製紙工場」「繊維工場」「機械工場」「自動車工場」
などと覚えた事を思い出した人、
それもう過去の地図です。

日本の産業地図は、そして経済は、
毎年恐ろしい勢いで変化しています。
いつまでも昔の日本産業地図を思い浮かべたまま
中国産や韓国産を小馬鹿にしうかうかしているうちに
日本産などとという物は近々無くなるでしょう。
日本が海外に売れる物は、そう「物」はもう在りません
技術? 韓国中国インドに抜かれます。
商社的な意味合いでの存在価値が残るだけでは無いでしょうか。

そんな中、日本人が中国に働きに行くのが流行です。
もちろんコンテナの片隅に隠れてや、小舟で行くのでは在りません。
その理由は中国で一発!という前向きっぽいものも在れば
日本で仕事が見つからないしという後ろ向きなものもあります。
徐々に、足元の砂が崩れ、立っていられる面積が
少なくなっている事に早く気付きましょう。
そう、例えばコンテナといわれて、
貴方がシニフィアンとして思い浮かべるそれは
既に100%中国産です。日本にコンテナ工場はありません。

そんな経済的にアウトな末恐ろしい日本ですが、
それでも世の中の営業マンは売らねばなりません。
「考えておく」
「善処する」
「機会があったら」
「経済的に今ちょっと厳しい」
そんなきっぱりとした疑いの余地のない
お断りの言葉に負けずに頑張りましょう。
「このご時世ですから」という言葉を多用するクライアントに
将来は在りません。
経済に関してのシニフィエは常にどんな時でも前向きな映像で。
「売れないもの」ではなくあなたが「売れない人」なだけ。
経済学部を出て経済の判っている人がほんの一握りなのと同じ。
売れる人は売る。
かとおもえば経済アナリストと称して
値切りの仕方を伝授する輩を持ち上げ続ける
マスメディアの破廉恥。
日本の首を絞めてます。
自ら「名人」「プロ」「匠」「伝説の」
「時代を作った」「達人」(笑)などと名乗り
マスメディアに露出するのと同じ位、破廉恥(爆笑)。

と、考えた事も無い経済について
適当にある事無い事書いてみた私は
専業主婦。
厚生年金は第三種被保険者。
払わず貰える唯一の種族(笑)。うほほー。
それなのに営業マンの夫から
「今日はご飯家で食べる」とメールが来るとイライラするの。

そんな私の「経済」のシニフィエは「値切り」。
今日もお外でランチしてから、
一円でも安いスーパー回って更に値切るの。
まけてね。このご時世だから

コンテナハウスとその未来

当社は建築設計事務所であるが、お客様の中には「建築設計事務所」も多い。不思議な話だが、建築基準法に詳しければ詳しい程「輸送用コンテナの限界」が解っているので、当社に相談に来られる。わたくしどもは当社のコンテナ建築システムを成長させ、普及していきたいので、「建築設計事務所」の相談には積極的にのる事にしている。

当社のコンテナハウスのシステムを理解して頂き、建築設計事務所の方がコンテナハウスを設計すると、また思いがけない方向のデザインが出来る事がある。もう10年以上も「コンテナハウス」を設計してきても、趣味や思考の方法が違うとまた違うデザインが生まれるというのが面白い。

集合住宅の案を出して来たのは「更田建築事務所」。面白い。

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残念ながら計画に終ったが、いつか「更田建築事務所」とやりたいデザインだ。

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コンテナハウスとモータースクール

トヨタのコマーシャルですら、というか、トヨタだからこそ出来ると言えばそうなのですが、ドラえもんが登場しのび太なども登場するテレビコマーシャルは「クルマの宣伝」ではなく「クルマに乗る為に<免許>を取ろう」というコマーシャルがある事をご存知でしょう。免許を持っていないと「クルマを買う」という事すらなくなるので、少子化の時代、新たなエントリー層に対して「まず免許を取ろう」という事になっている時代です。

さて、自動車免許を取ろうという方々は「比較的若年層」つまり大学生や若い社会人。取り分け就職にも優位だろうという事で学生の間に自動車免許を取る方は多いと思われます。なぜなら社会人になってからより、その為の時間は取りやすい環境にあるという事もあるでしょう。おまけに学生の場合「夏休みや春休み期間」という素敵な時間がある訳です。

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それに目をつけた自動車学校が考えた戦略が「合宿で自動車免許を取る」というプラン。学生ならでは出来るプランです。あるいは卒業して就職するまでの間などに取るには最適のプランとなります。

基本的には大都市圏に学生は多く、田舎から出てきている学生は故郷に帰って取る事も出来ますが、比較的田舎の宿泊費の安い場所で自動車学校が競ってそのようなプランを出しています。早稲田大学などでは生協の商品にもなっているくらいです。

最近の学生は成長した日本の社会の中で育ってきましたから、そんな合宿免許講習とはいえ「1人部屋」で過ごしたいというのが一般的です。自動車学校も民宿などとタイアップしてやっていましたが、なかなか少子化でこの企画も厳しい時代を迎えており、コスト削減とグレードアップに悩まされています。だんだん外注的なタイアップでは対応は難しくコストのかからない方法はないものかと模索しているのです。

外注型では外注先の利益を含んだ額でしか対応出来ませんから、それなら自社で「宿泊施設も対応してはどうか」という事になってきます。

宿泊施設は「コンテナハウス」の中でも「同じタイプの部屋」を複数作る事になりますが、実は工場で生産するユニット式のコンテナハウスはこのような複数同じタイプというような作りの時にコスト的にはメリットが出やすい方式です。同じものを次々に作り出すのは結構得意だからです。

こうしてコンテナハウス型「宿泊施設ユニット40FEET_type」がデザインされました。
ユニットとしてはなんと一部屋あたりのコストは400万を切ってしまいます。(家具や備品込み)
(現地の基礎や設備系の1次側は含まれていません=現地調査をしなければ決まりません)

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コンテナハウスとビジネスモデル

walkman

当社は、コンテナを使った建築物やプラントなどに対し、考えられるビジネスモデルを惜しげもなく発表していきます。ビジネスモデルは「特許」の対象になるほどのものですが、それをWEBで掲載して行く事は、知恵のない同業者はそれを見て「なるほどそういう方法もあるのか・・・・」とそのコピーモデルで事業を進める事が出来ます。そのとき当社は、そのビジネスモデルを真似されて「不利」と考えるのか、いやそうではないと考えるか。実は当社は後者の立場を取っています。不利とは考えていないのです。

読者は覚えているでしょうか、今やデジタルチップによるi-podの時代になっていますが、その原型はSONYのwalk_manというヘッドフォンプレーヤー商品が初めて発表され、爆発的ヒットを飛ばしたことによってこの「ヘッドフォンプレーヤー」というジャンルが構築されました。まさに新たな商品のエリアを開発した新商品でした。この時代「カセットテープ」を駆動させヘッドフォンで聞くタイプでした。そのあまりのヒットに家電メーカーは競ってコピーモデルを作り、TV_CFを流し、それぞれの商品を宣伝し、売ろうとしましたが、売れるのはsonyのwalk_manばかり。他社が宣伝すればする程walk_manが売れるのです。それは消費者心理としてやはり「ホンモノ」が欲しいからに他なりません。かくして、walk_manは不動のセールスをモノにしました。

時代は進み、モーターでカセットを動かしながら再生するという方法は消費電力も多く、電池をすぐに消耗します。デジタル技術が進み駆動系までもがソフトウェアになり、消耗電力が格段に落ち、小さくなりwalk_manはMP3プレーヤーというジャンルに取って代わって行きますが、残念ながら新たなガリバー、apple社の「音楽ソフト配信プラットフォーム戦略」で遅れを取ったSONYは、モノとしては遜色ないものの、次の時代に入って行きます。この遅れはSONYが楽曲の提供を在来の「レコード店」などにも卸している事業体だったがゆえに、デジタル配信に切り替える事に時間を要した為です。切り捨てる時には切り捨てなければ次の時代に乗り遅れるという負の例にもなってしまいました。

少し別の話も混じりましたが、圧倒的な内容と信頼性を獲得していれば、他社が真似をしてくれる事は、むしろ当社の受注を増やす要因にすらなってくれるということなのです。これが積極的にビジネスモデルを発表して行く当社の意味と立場です。

コンテナハウスとデイサービス

田舎でも、きちんとやれば成り立つビジネスがあります。しかも立地をそれほど問いません。ビジネスモデル的ストーリーとしては、長年会社勤めで、まじめに勤め上げてきた夫婦がそろそろ「早期退職制度」で、あるいは普通に定年で、都会でマンション暮らしだったけど、少し田舎に行こうかな。あるいはふるさとに土地があるから帰ろうかな・・・・。というようなまだ体に問題のない夫婦の「家業」として最適です。

それは「小規模デイサービス事業」です。施設は、下の写真のようなタイプです。黒い方はまさにデイサービス施設です。もうひとつは実際はCAFEですが、もう少し小さいタイプでこのような大きさで可能です。

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デイサービス事業は「保健」制度なので、要介護の高齢者の、誤解を恐れずに分かりやすく書くなら「保育園」のようなものを厚生労働省のお墨付きで事業する事が出来るのです。

迎えに行ってあげて、昼食、お遊び(身体のノーマライゼーション)のための軽い運動や、入浴、お昼寝、などをして静養と運動で心身ともにノーマライゼーションを目指すものです。

利用者は自費扱いになる「食事」の分などで利用料金1000円〜1500円を支払い、あとは保健で補われ、運営側が一人当たり保健点数での収入が10000円弱/人日ほどの運営収入になります。登録が15人から20人くらいで毎日10人程度が通ってくるという感じです。

つまり土日は休みです。午後4時半から自宅まで送って帰り、6時には仕事を終えられるでしょう。月に利用者が延べ200人程度になります。つまり200万/月くらいの売上です。昼食は私費を徴収しますから、人件費に自分たち夫婦以外に送り迎えの運転手のアルバイト。お昼時のパートのお手伝いさん。建築費の分割払いなどを差し引いたとしても毎月50万円程は残ります。定年後の収入としては、あるいは田舎で出来る事業としてはそう悪くないでしょう。土日はお休みですから温泉旅行くらいすぐに行けます。

やがて自分の施設で、自分が面倒見てもらえる時期が来ます(爆笑)。それはそれで安心です。

「田舎で成り立つ事業」という今までにない特徴を持っています。

コンテナハウスのDENTAL OFFICE

実は、デンタルオフィスはコンテナでなければ、山ほどデザインしてきた。それに凝っていた時代があった。その後「産婦人科」も沢山設計してきて、だんだんと総合病院に移り、最後は大学病院のICUを設計した。病院系はその大学のICUで終了にした。なぜなら「胃潰瘍」になったからだ(爆笑)。ICUはちゃんと作り上げたけど、設備の化け物で、設備との取り合いで終始し、その交通整理に明け暮れた。この私が(太っ腹のわたくしが)胃潰瘍に・・。

その後はショッピンセンター系と飲食系と、だんだんホテル系、リゾートホテル系・・・・。そしてコンテナにハマった(爆笑)。

いやいや、なかなかコンテナは深い。デンタルオフィスでさえ、今までに見た事の無いようなものを作る事が出来る。図面はスタディープランとその模型。またデンタルオフィスもやります。

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コンテナハウス。ある一つのテーマ。「DC24V」

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当社の勝手な話だが、コンテナハウスの「テーマ」がある。

住宅系に「ワンデザインクラス」を3シリーズ程完成させる。その中でパワード状態として、オフグリッド系コンテナハウスの骨格に一応の完成をみる事。集合住宅系のシリーズを3タイプ程、標準系を完成させる。実はこれらの事の中にはそれぞれ「大いなる野望」が潜んでいる。

どれも法人としての技術レベルをさらに格段に上げ独走状態に持って行きたいという事ではあるが、ジャパニーズ・ガラパゴスにはなりたくないし、世界標準でいいのだが、コンテナハウスの「良さ」を追求し「デメリット」を克服して行く作業の一環だ。

コンテナハウスはなんだかんだ言っても「建築のシステム」としてはまだまだ新しく完全に完成しているとは言いがたい。建築基準法上も特に問題はないし、公的融資も受けられる。確かに工期は短いし、同じ重量鉄骨系の建物に比べればかなり安価だ。事実、多くの方々に受け入れられている。しかしまだまだ、改善する余地は沢山潜んでいるのだ。

片方で「独創性をめざしアートなコンテナを目指す」一方で、「標準形」を開発してローコスト化を目指す。両極を目指さねばならないというこの矛盾・ジレンマはまだまだ開発にたずさわる人間が少なすぎるのかも知れない。